を捲《ま》かるる、危《あやう》さを感じながら、宗吉が我知らず面《おもて》を赤めて、煎餅の袋を渡したのは、甘谷の手で。
「おっと来た、めしあがれ。」
 と一枚めくって合せながら、袋をお千さんの手に渡すと、これは少々疲れた風情で、なかまへは入らぬらしい。火鉢を隔てたのが請取って、膝で覗《のぞ》くようにして開けて、
「御馳走様ですね……早速お毒見。」
 と言った。
 これにまた胸が痛んだ。だけなら、まださほどまでの仔細はなかった。
「くすくす、くすくす。」
 宗吉がこの座敷へ入りしなに、もうその忍び笑いの声が耳に附いたのであるが、この時、お千さんの一枚|撮《つま》んだ煎餅を、見ないように、ちょっと傍《わき》へかわした宗吉の顔に、横から打撞《ぶつか》ったのは小皿の平四郎。……頬骨の張った菱形の面《つら》に、窪《くぼ》んだ目を細く、小鼻をしかめて、
「くすくす。」
 とまた遣った。手にわるさに落ちたと見えて札は持たず、鍍金《めっき》の銀煙管《ぎんぎせる》を構えながら、めりやすの股引《ももひき》を前はだけに、片膝を立てていたのが、その膝頭に頬骨をたたき着けるようにして、
「くすくすくす。」
 続け
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