するすると寄る衣摺《きぬずれ》が、遠くから羽衣の音の近《ちかづ》くように宗吉の胸に響いた……畳の波に人魚の半身。
「どんな母《おっか》さんでしょう、このお方。」
雪を欺く腕《かいな》を空に、甘谷の剃刀の手を支え、突いて離して、胸へ、抱くようにして熟《じっ》と視《み》た。
「羨《うらやま》しい事、まあ、何て、いい眉毛《まみえ》だろう。親御はさぞ、お可愛いだろうねえ。」
乳も白々と、優しさと可懐《なつか》しさが透通るように視《み》えながら、衣《きぬ》の綾《あや》も衣紋《えもん》の色も、黒髪も、宗吉の目の真暗《まっくら》になった時、肩に袖をば掛けられて、面《おもて》を襟に伏せながら、忍び兼ねた胸を絞って、思わず、ほろほろと熱い涙。
お妾が次の室《ま》から、
「切れますか剃刀は……あわせに遣《や》ろう遣ろうと思いましちゃあ……ついね……」
自殺をするのに、宗吉は、床屋に持って行《ゆ》きましょう、と言って、この剃刀を取って出た。それは同じ日の夜《よ》に入《い》ってからである。
仔細《しさい》は……
六
……さて、やがて朝湯から三人が戻って来ると、長いこと便所に居た
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