もとの座に着いた。
向うには、旦那の熊沢が、上下大島の金鎖、あの大々したので、ドカリと胡坐《あぐら》を組むのであろう。
「お留守ですか。」
宗吉が何となく甘谷に言った。ここにも見えず、湯に行った中にも居なかった。その熊沢を訊《き》いたのである。
縁側の片隅で、
「えへん!」と屋鳴りのするような咳払《せきばらい》を響かせた、便所の裡《なか》で。
「熊沢はここに居《お》るぞう。」
「まあ。」
「随分ですこと、ほほほ。」
と家主《いえぬし》のお妾が、次の室《ま》を台所へ通《とおり》がかりに笑って行《ゆ》くと、お千さんが俯向《うつむ》いて、莞爾《にっこり》して、
「余《あんま》り色気がなさ過ぎるわ。」
「そこが御婦人の毒でげす。」
と甘谷は前掛をポンポンと敲《たた》いて、
「お千さんは大将のあすこン処へ落ッこちたんだ。」
「あら、随分……酷《ひど》いじゃありませんか、甘谷さん、余《あんま》りだよ。」
何にも知らない宗吉にも、この間違は直ぐ分った、汚いに相違ない。
「いやあ、これは、失敗、失敬、失礼。」
甘谷は立続けに叩頭《おじぎ》をして、
「そこで、おわびに、一つ貴女の顔を剃《あ
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