た》らして頂きやしょう。いえ、自慢じゃありませんがね、昨夜《ゆうべ》ッから申す通り、野郎|図体《ずうたい》は不器用でも、勝奴《かつやっこ》ぐらいにゃ確《たしか》に使えます。剃刀《かみそり》を持たしちゃ確《たしか》です。――秦君、ちょっと奥へ行って、剃刀を借りて来たまえ。」
宗吉は、お千さんの、湯にだけは密《そっ》と行っても、床屋へは行《ゆ》けもせず、呼ぶのも慎むべき境遇を頷《うなず》きながら、お妾に剃刀を借りて戻る。……
「おっと!……ついでに金盥《かなだらい》……気を利かして、気を利かして。」
この間に、いま何か話があったと見える。
「さあ、君、ここへ顔を出したり、一つ手際を御覧に入れないじゃ、奥さん御信用下さらない。」
「いいえ、そうじゃありませんけれどもね、私まだ、そんなでもないんですから。」
「何、御遠慮にゃあ及びません。間違った処でたかが小僧の顔でさ。……ちょうど、ほら、むく毛が生えて、※[#「滔」の「さんずい」に代えて「しょくへん」、第4水準2−92−68]子《あんこ》の撮食《つまみぐい》をしたようだ。」
宗吉は、可憐《あわれ》やゴクリと唾《つ》を呑んだ。
「仰向いて、ぐっと。そら、どうです、つるつるのつるつると、鮮かなもんでげしょう。」
「何だか危《あぶな》ッかしいわね。」
と少し膝を浮かしながら、手元を覗いて憂慮《きづかわ》しそうに、動かす顔が、鉄瓶の湯気の陽炎《かげろう》に薄絹を掛けつつ、宗吉の目に、ちらちら、ちらちら。
「大丈夫、それこの通り、ちょいちょいの、ちょいちょいと、」
「あれ、止《よ》して頂戴、止してよ。」
と浮かした膝を揺ら揺らと、袖が薫って伸上る。
「なぜですてば。」
「危いわ、危いわ。おとなしい、その優しい眉毛《まみえ》を、落したらどうしましょう。」
「その事ですかい。」
と、ちょっと留めた剃刀をまた当てた。
「構やしません。」
「あれ、目の縁はまだしもよ、上は止して、後生だから。」
「貴女の襟脚を剃《す》ろうてんだ。何、こんなものぐらい。」
「ああ、ああああ、ああーッ。」
と便所の裡《なか》で屋根へ投げた、筒抜けな大欠伸《おおあくび》。
「笑っちゃあ……不可《いけな》い不可い。」
「ははははは、笑ったって泣いたって、何、こんな小僧ッ子の眉毛《まゆげ》なんか。」
「厭《いや》、厭、厭。」
と支膝《つきひざ》のまま、
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