場《ステエション》を更《か》へた位、殊《こと》に桂木の一《いっ》家族に取つては、祖先、此の国を領した時分から、屡々《しばしば》易《やす》からぬ奇怪の歴史を有する、三里の荒野《あれの》を跋渉《ばっしょう》して、目に見ゆるもの、手に立つもの、対手《あいて》が人類の形でさへなかつたら、覚えの狙撃《ねらいうち》で射《い》て取らうと言ふのであるから。
 霧も雲も歩行《ある》くと語つた、仔細ありげな媼《おうな》の言《ことば》を物ともせず、暖めた手で、びツしよりの草鞋《わらじ》の紐《ひも》を解《と》きかける。
 油断はしないが俯向《うつむ》いたまゝ、
「私は又《また》不思議な物でも通るかと思つて悚然《ぞっ》とした、お媼《ばあ》さん、此様《こん》な処《ところ》に一人で居て、昼間だつて怖《おそろ》しくはないのですか。」
 桂木は疾《と》く媼の口の、炎でも吐《は》けよかしと、然《さ》り気《げ》なく誘ひかける。
 媼は額《ひたい》の上に綿《わた》を引いて、
「何が恐《おそろ》しからうぞ、今時の若いお人にも似ぬことを言はつしやる、狼《おおかみ》より雨漏《あまもり》が恐しいと言ふわいの。」
 と又《また》背を屈
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