、額《ひたい》に手を加ふること頃刻《けいこく》にして、桂木は猛然として立つたのである。
扨《さて》今朝《こんちょう》、此の辺からは煙も見えず、音も聞えぬ、新|停車場《ステエション》で唯《ただ》一|人《にん》下《お》り立つて、朝霧《あさぎり》の濃《こま》やかな野中《のなか》を歩《ほ》して、雨になつた午《ご》の時《とき》過ぎ、媼《おうな》の住居《すまい》に駈《か》け込んだまで、未《ま》だ嘗《かつ》て一度も煙を銃身に絡《から》めなかつた。
桂木は其の病《や》まざる前《ぜん》の性質に復《ふく》したれば、貴夫人が情《なさけ》ある贈物に酬《むく》いるため――函嶺《はこね》を越ゆる時汽車の中で逢《あ》つた同窓の学友に、何処《どちら》へ、と問はれて、修善寺《しゅぜんじ》の方へ蜜月《みつづき》の旅と答へた――最愛なる新婚の婦《ふ》、ポネヒル姫の第一発は、仇《あだ》に田鴫《たしぎ》山鳩《やまばと》如きを打たず、願はくは目覚《めざま》しき獲物を提《ひっさ》げて、土産《みやげ》にしようと思つたので。
時ならぬ洪水、不思議の風雨《ふうう》に、隙《ひま》なく線路を損《そこな》はれて、官線ならぬ鉄道は其の停車
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