躙《ふみにじ》る気勢《けはい》がすると、袖の縺《もつれ》、衣紋《えもん》の乱れ、波に揺《ゆら》るゝかと震ふにつれて、霰《あられ》の如く火花に肖《に》て、から/\と飛ぶは、可傷《いたむべし》、引敷《ひっし》かれ居《い》る棘《とげ》を落ちて、血汐《ちしお》のしぶく荊の実。
 桂木は拳《こぶし》を握つて石になつた、媼《おうな》の袖は柔かに渠《かれ》を蔽《おお》うて引添《ひきそ》ひ居る。
「殿、殿。」
 と呼んで、
「其では謂《い》はうとても謂はれませぬ、些《ち》と寛《くつろ》げて遣《つか》はさりまし。」
「可《よ》し、さあ、何《ど》うだ、言へ。何、知らぬ、知らぬ※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 黙れ。
 男を慕《した》ふ女の心はいつも男の居所《いどころ》ぢや哩《わ》、疾《はや》く、口をあけて、さあ、吐《は》かぬか、えゝ、業畜《ごうちく》。」
「あツ、」とまた烈《はげ》しい婦人《おんな》の悲鳴、此の際《とき》には、其の掻《もが》くにつれて、榛《はん》の木の梢《こずえ》の絶えず動いたのさへ留《や》んだので。
 桂木は塞《ふさ》がうと思ふ目も、鈴で撃つたやうになつて瞬《またたき》も出来ぬのであつ
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