如き、唯《ただ》其処《そこ》ばかりを劃《くぎ》つて四五本の樹立《こだち》あり、恁《かか》る広野《ひろの》に停車場《ステエション》の屋根と此の梢《こずえ》の他《ほか》には、草より高く空を遮《さえぎ》るもののない、其の辺《あたり》の混雑さ、多人数《たにんず》の踏《ふみ》しだくと見えて、敷満《しきみ》ちたる枯草《かれくさ》、伏《ふ》し、且《か》つ立ち、窪《くぼ》み、又倒れ、しばらくも休《や》まぬ間々《あいだあいだ》、目まぐるしきばかり、靴、草鞋《わらんじ》の、樺《かば》の踵《かかと》、灰汁《あく》の裏、爪尖《つまさき》を上に動かすさへ見えて、異類|異形《いぎょう》の蝗《いなご》ども、葉末《はずえ》を飛ぶかとあやまたるゝが、一個《ひとつ》も姿は見えなかつたが、やがて、叱《しっ》!叱《しっ》!と相伝《あいつた》ふる。
 しばらくして、
「静まれ。」といふのが聞えると、ひツそりした。
 枯草《かれくさ》も真直《まっすぐ》になつて、風|死《し》し、そよとも靡《なび》かぬ上に、あはれにかゝつたのは彼《か》の胴抜《どうぬき》の下着である。
「其奴《そいつ》縛《くく》せ。」
「縛《しば》れ、縛れ。」と二三
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