て、裾《すそ》の端が飜《ひるが》へつたと思ふと、倒《さかしま》に裏庭へ引落《ひきおと》された。
「男は、」
「男は、」
と七《なな》ツ八《やつ》ツ入乱《いりみだ》れてけたゝましい跫音《あしおと》が駈《か》けめぐる。
「叱《しっ》!」とばかり、此の時覚悟して立たうとした桂木の傍《かたわら》に引添《ひきそ》うたのは、再び目に見えた破家《あばらや》の媼《おうな》であつた、果《はた》せるかな、糸は其の手に無かつたのである。恁《かか》る時桂木の身は危《あや》ふしとこそ予言したれ、幸《さいわい》に怪しき敵の見出《みいだ》し得《え》ぬは、由《よし》ありげな媼が、身を以て桂木を庇《かば》ふ所為《せい》であらう。桂木はほツと一息《ひといき》。
「何処《どこ》へ遁《に》げた。」
「今|此処《ここ》に、」
「其処《そこ》で見た。」
と魂消《たまぎ》ゆる哉《かな》、詈《ののし》り交《かわ》すわ。
十一
恁《か》くてしばらくの間《あいだ》といふものは、轡《くつわ》を鳴らす音、蹄《ひづめ》の音、ものを呼ぶ声、叫ぶ声、雑々《ざつざつ》として物騒《ものさわ》がしく、此の破家《あばらや》の庭の
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