くり》といふことを知らず、犇々《ひしひし》と羽目《はめ》を圧して、一体こゝにも五六十、神か、鬼か、怪しき人物。
朽葉色《くちばいろ》、灰、鼠《ねずみ》、焦茶《こげちゃ》、たゞこれ黄昏《たそがれ》の野の如き、霧の衣《ころも》を纏《まと》うたる、いづれも抜群の巨人である。中に一人《いちにん》真先《まっさき》かけて、壁の穴を塞《ふさ》いで居たのが、此の時、掻潜《かいくぐ》るやうにして、恐《おそろし》い顔を出した、面《めん》の大《おおき》さ、梁《はり》の半《なかば》を蔽《おお》うて、血の筋《すじ》走る金《きん》の眼《まなこ》にハタと桂木を睨《ね》めつけた。
思はず後居《しりい》に腰を突く、膝《ひざ》の上に真俯伏《まうつぶ》せ、真白な両手を重ねて、わなゝく髷《まげ》の根、頸《うなじ》さへ、あざやかに見ゆる美人の襟《えり》を、誰《た》が手ともなく無手《むんず》と取つて一拉《ひとひし》ぎ。
「あれ。」
と叫んだ声ばかり、引断《ひっちぎ》れたやうに残つて、袷《あわせ》はのけざまにずる/\と畳《たたみ》の上を引摺《ひきず》らるゝ、腋《わき》あけのあたり、ちら/\と、残《のこ》ンの雪も消え、目も消え
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