とま》あらず。
 兎角《とかく》の分別《ふんべつ》も未《ま》だ出ぬ前、恐《おそろし》い地震だと思つて、真蒼《まっさお》になつて、棟《むね》を離れて遁《のが》れようとする。
 門口《かどぐち》を塞《ふさ》いだやうに、眼を遮《さえぎ》つたのは毒霧《どくぎり》で。
 彼《か》の野末《のずえ》に一流《ひとながれ》白旗《しらはた》のやうに靡《なび》いて居たのが、横に長く、縦に広く、ちらと動いたかと思ふと、三里の曠野《こうや》、真白な綿《わた》で包まれたのは、いま遁《に》げようとすると殆《ほとん》ど咄嗟《とっさ》の間《かん》の事《こと》。
 然《しか》も此の霧の中に、野面《のづら》を蹴《け》かへす蹄《ひづめ》の音、九《ここの》ツならず十《とお》ならず、沈んで、どうと、恰《あたか》も激流|地《ち》の下より寄せ来《く》る気勢《けはい》。
「遁《にが》すな。」
「女!」
「男!」
 と声々、ハヤ耳のあたりに聞えたので、又|引返《ひっかえ》して唯《と》壁の崩《くずれ》を見ると、一団《ひとかたまり》の大《おおい》なる炎の形に破れた中は、おなじ枯野《かれの》の目も遙《はるか》に彼方《かなた》に幾百里《いくひゃ
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