あるにあらず、無きにあらず、嘗《かつ》て我が心に覚えある言《こと》を引出すやうに確《たしか》に聞えた。
 耳がぐわツと。
 小屋が土台から一揺《ひとゆれ》揺れたかと覚えて、物凄《ものすさまじ》い音がした。
「姦婦《かんぷ》」と一喝《いっかつ》、雷《らい》の如く鬱《うつ》し怒《いか》れる声して、外《と》の方《かた》に呼ばはるものあり。此の声|柱《はしら》を動かして、黒燻《くろくすぶり》の壁、其の蓑《みの》の下、袷《あわせ》をかけてあつた処《ところ》、件《くだん》の巌形《いわおがた》の破目《やれめ》より、岸破《がば》と※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]倒《どうだお》しに裡《うち》へ倒れて、炉の上へ屏風《びょうぶ》ぐるみ崩れ込むと、黄に赤に煙が交《まじ》つて※[#「火+發」、93−9]《ぱっ》と砂煙《すなけむり》が上《あが》つた。
 ために、媼の姿が一時《いちじ》消えるやうに見えなくなつた時である。
 桂木は弾《はじ》き飛ばされたやうに一|間《けん》ばかり、筵《むしろ》を彼方《あなた》へ飛び起きたが、片手に緊乎《しっかり》と美人を抱いたから、寝るうちも放さなかつた銃を取るに遑《い
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