ふ、あはれな記念《かたみ》の衣《ころも》哉《かな》、としきりに果敢《はかな》さに胸がせまつて、思はず涙ぐむ襟許《えりもと》へ、颯《さっ》と冷《つめた》い風。
 枯野《かれの》の冷《ひえ》が一幅《ひとはば》に細く肩の隙《すき》へ入つたので、しつかと引寄せた下着の背《せな》、綿《わた》もないのに暖《あたたか》く二《に》の腕《うで》へ触れたと思ふと、足を包んだ裳《もすそ》が揺れて、絵の婦人《おんな》の、片膝《かたひざ》立てたやうな皺《しわ》が、袷《あわせ》の縞《しま》なりに出来て、しなやかに美しくなつた。
 ※[#「口+阿」、第4水準2−4−5]呀《あなや》と見ると、女の俤《おもかげ》。

        十

 眉《まゆ》長く、瞳《ひとみ》黒く、色雪の如きに、黒髪の鬢《びん》乱れ、前髪の根も分《わか》るゝばかり鼻筋《はなすじ》の通つたのが、寝ながら桂木の顔を仰ぐ、白歯《しらは》も見えた涙の顔に、得《え》も謂《い》はれぬ笑《えみ》を含んで、ハツとする胸に、媼《おうな》が糸を繰《く》る音とともに幽《かすか》に響いて、
「主《ぬし》のあるものですが、一所《いっしょ》に死んで下さいませんか。」と声
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