肌を包むやうな、掻巻《かいまき》の情《なさけ》に半《なか》ば眼《まなこ》を閉ぢた。
驚破《すわ》といへば、射《い》て落《おと》さんず心も失《う》せ、はじめの一念《いちねん》も疾《と》く忘れて、野《の》にありといふ古社《ふるやしろ》、其の怪《あやしみ》を聞かうともせず、目《ま》のあたりに車を廻すあからさまな媼《おうな》の形も、其のまゝ舁《か》き移すやうに席《むしろ》を彼方《あなた》へ、小さく遠くなつたやうな思ひがして、其の娘も犠《にえ》の仔細も、媼の素性《すじょう》も、野の状《さま》も、我が身のことさへ、夢を見たら夢に一切知れようと、ねむさに投げ出した心の裡《うち》。
却《かえ》つて爰《ここ》に人あるが如く、横に寝た肩に袖《そで》がかゝつて、胸にひつたりとついた胴抜《どうぬき》の、媚《なまめ》かしい下着の襟《えり》を、口を結んで熟《じっ》と見て、噫《ああ》、我が恋人は他《た》に嫁《か》して、今は世に亡《な》き人となりぬ。
我も生命《いのち》も惜《おし》まねばこそ、恁《かか》る野にも来《きた》りしなれ、何《ど》うなりとも成るやうになつて止《や》め! 之《これ》も犠《にえ》になつたとい
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