》し難《がた》き品位があつた。其の尖《とんが》つた顋《あぎと》のあたりを、すら/\と靡《なび》いて通る、綿《わた》の筋の幽《かすか》に白きさへ、やがて霜《しも》になりさうな冷《つめた》い雨。
 少年は炉《ろ》の上へ両手を真直《まっすぐ》に翳《かざ》し、斜《ななめ》に媼の胸のあたりを窺《うかご》うて、
「はあ其では、何か、他《ほか》に通るものがあるんですか。」
 媼は見返りもしないで、真向《まっこう》正面に渺々《びょうびょう》たる荒野《あれの》を控へ、
「他《ほか》に通るかとは、何がでござるの。」
「否《いいえ》、今|謂《い》つたぢやないか、人の通る路《みち》は廻り/\蜒《うね》つて居るつて。だから聞くんですが、他《ほか》に何か歩行《ある》きますか。」
「やれもう、こんな原ぢやもの、お客様、狐《きつね》も犬も通りませいで。霧《きり》がかゝりや、歩《ある》かうず、雲が下《おり》りや、走《はし》らうず、蜈蚣《むかで》も潜《もぐ》れば蝗《いなご》も飛ぶわいの、」と孫にものいふやう、顧《かえり》みて打微笑《うちほほえ》む。

        二

 此の口からなら、譬《たと》ひ鬼が通る、魔が、と
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