我にもあらず、懐しく、床《ゆか》しく、いとしらしく、殊《こと》にあはれさが身に染《し》みて、まゝよ、ころりと寝て襟のあたりまで、銃を枕に引《ひっ》かぶる気になつた、ものの情《なさけ》を知るものの、恁《か》くて妖魔の術中に陥《おちい》らうとは、いつとはなしに思ひ思はず。
九
「はゝはゝ、見れば見るほど良い孫ぢやわいなう、何《ど》うぢや、少しは落着《おちつ》かしやつたか、安堵《あんど》して休まつしやれ。したがの、長いことはならぬぞや、疲労《くたびれ》が治つたら、早く帰らつしやれ。
お前さま先刻《さき》のほど、血相《けっそう》をかへて謂《い》はしつた、何か珍しいことでもあらうかと、生命《いのち》がけでござつたとの。良いにつけ、悪いにつけ、此処等《ここら》人の来《こ》ぬ土地《ところ》へ、珍しいお客様ぢや。
私《わし》がの、然《そ》うやつてござるあひだ、お伽《とぎ》に土産話《みやげばなし》を聞かせましよ。」
と下にも置かず両の手で、静《しずか》に糸を繰《く》りながら、
「他《ほか》の事ではないがの、今かけてござる其の下着ぢや。」
桂木は何時《いつ》かうつら/\して居た
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