ろ、はゝはゝはゝ。」
腹蔵《ふくぞう》なく大笑《おおわらい》をするので、桂木は気を取直《とりなお》して、密《そっ》と先《ま》づ其の袂《たもと》の端に手を触れた。
途端に指の尖《さき》を氷のやうな針で鋭く刺さうと、天窓《あたま》から冷《ひや》りとしたが、小袖《こそで》はしつとりと手にこたへた、取り外《はず》し、小脇に抱く、裏が上になり、膝《ひざ》のあたり和《やわら》かに、褄《つま》しとやかに袷の裾なよ/\と畳に敷いて、襟は仰向《あおむ》けに、譬《たとえ》ば胸を反《そ》らすやうにして、桂木の腕にかゝつたのである。
さて見れば、鼠縮緬《ねずみちりめん》の裾廻《すそまわし》、二枚袷《にまいあわせ》の下着と覚《おぼ》しく、薄兼房《うすけんぼう》よろけ縞《じま》のお召縮緬《めしちりめん》、胴抜《どうぬき》は絞つたやうな緋の竜巻、霜《しも》に夕日の色|染《そ》めたる、胴裏《どううら》の紅《くれない》冷《つめた》く飜《かえ》つて、引けば切れさうに振《ふり》が開《あ》いて、媼《おうな》が若き時の名残《なごり》とは見えず、当世の色あざやかに、今脱いだかと媚《なまめ》かしい。
熟《じっ》と見るうちに
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