を引合《ひきあわ》せた、両袖《りょうそで》をだらりと、固《もと》より空蝉《うつせみ》の殻なれば、咽喉《のど》もなく肩もない、襟《えり》を掛けて裏返しに下げてある、衣紋《えもん》は梁《うつばり》の上に日の通さぬ、薄暗い中《うち》に振仰《ふりあお》いで見るばかりの、丈《たけ》長《なが》き女の衣《きぬ》、低い天井から桂木の背《せな》を覗《のぞ》いて、薄煙《うすけむり》の立迷《たちまよ》ふ中に、一本《ひともと》の女郎花《おみなえし》、枯野《かれの》に彳《たたず》んで淋《さみ》しさう、然《しか》も何《なん》となく活々《いきいき》して、扱帯《しごき》一筋《ひとすじ》纏《まと》うたら、裾《すそ》も捌《さば》かず、手足もなく、俤《おもかげ》のみがすら/\と、炉の縁《ふち》を伝ふであらう、と桂木は思はず退《すさ》つた。
「大事ない/\、袷《あわせ》ぢやけれどの、濡《ぬ》れた上衣《うわぎ》よりは増《まし》でござろわいの、主《ぬし》も分つてある、麗《あでやか》な娘のぢやで、お前様に殆《ちょう》ど可《よ》いわ、其主《そのぬし》もまたの、お前様のやうな、少《わか》い綺麗《きれい》な人と寝たら本望《ほんもう》ぢや
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