み》の引《ひっ》かけ帯《おび》で、ふつくりした美《い》い女が、糸車を廻して居たが、燭台につけた蝋燭《ろうそく》の灯影《ほかげ》に、横顔で、旅商人《たびあきうど》、私の其の縁続きの美男を見向《みむ》いて、
(主《ぬし》のあるものですが、一所《いっしょ》に死んで下さいませんか。)――と唯《ただ》一言《ひとこと》いつたのださうだ。
いや、最《も》う六十になるが忘れないとさ、此の人は又|然《そ》ういふよ、其れから此方《こっち》、都にも鄙《ひな》にも、其れだけの美女を見ないツて。
さあ、其の糸車のまはる音を聞くと、白い柔かな手を動かすまで目に見えるやうで、其のまゝ気の遠くなる、其が、やがて死ぬ心持《こころもち》に違ひがなければ、鬼でも構はないと思つたけれども、何《ど》うも未《ま》だ浮世《うきよ》に未練があつたから、這《は》ふやうにして、跫音《あしおと》を盗んで出て、脚絆《きゃはん》を附けて草鞋《わらじ》を穿《は》くまで、誰も遮《さえぎ》る者はなかつたさうだけれど、それが又、敵の囲《かこい》を蹴散《けち》らして遁《に》げるより、工合《ぐあい》が悪い。
帰らるゝなら帰つて見ろと、女どもが云つた
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