》かと思う位。」
 桂木は語りながら、自《みずか》ら其の境遇に在《あ》る如く、
「目を瞑《ねむ》つて耳を澄《すま》して居ると、二重、三重、四重ぐらゐ、壁越《かべごし》に、琴《こと》の糸に風が渡つて揺れるやうな音で、細《ほそ》く、ひゆう/\と、お媼《ばあ》さん、今お前さんが言つてる其の糸車だ。
 此の炉を一《ひと》ツ、恁《こ》うして爰《ここ》で聞いて居てさへ遠い処《ところ》に聞えるが、其《その》音が、幽《かすか》にしたとね。
 其時《そのとき》茫乎《ぼんやり》と思ひ出したのは、昨夜《ゆうべ》の其の、奥方だか、姫様《ひいさま》だか、それとも御新姐《ごしんぞ》だか、魔だか、鬼だか、お閨《ねや》へ召しました一件のお館《やかた》だが、当座は唯《ただ》赫《かっ》と取逆上《とりのぼせ》て、四辺《あたり》のものは唯《ただ》曇つた硝子《ビイドロ》を透かして、目に映つたまでの事だつたさうだけれど。
 緋の袴《はかま》を穿《は》いても居なけりや、掻取《かいどり》を着ても届ない、たゞ、輝々《きらきら》した蒔絵《まきえ》ものが揃《そろ》つて、あたりは神々《こうごう》しかつた。狭い一室《ひとま》に、束髪《たばねが
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