だ。しかし何分《なにぶん》生胆《いきぎも》を取られるか、薬の中へ錬込《ねりこ》まれさうで、恐《こわ》さが先に立つて、片時も目を瞑《ねむ》るわけには行《ゆ》かなかつた。
 私が縁続きの其の人はね、親類うちでも評判の美男だつたのです。」

        五

 桂木は伸びて手首を蔽《おお》はんとする、襯衣《しゃつ》の袖《そで》を捲《ま》き上げたが、手も白く、戦《たたかい》を挑《いど》むやうではない優《おとな》しやかなものであつた、けれども、世に力あるは、却《かえ》つて恁《かか》る少年の意を決した時であらう。
「さあ、館《やかた》の心に従ふまでは、村へも里へも帰さぬといつたが、別に座敷牢へ入れるでもなし、木戸の扉も葎《むぐら》を分けて、ぎいと開《あ》け、障子も雨戸も開放《かいほう》して、真昼間《まっぴるま》、此の野を抜けて帰らるゝものなら、勝手に帰つて御覧なさいと、然《さ》も軽蔑をしたやうに、あは、あは笑ふと両方の縁《えん》へふたつに別れて、二人の其の侍女《こしもと》が、廊下づたひに引込むと、あとはがらんとして畳数《たたみかず》十五|畳《じょう》も敷けようといふ、広い座敷に唯《たった》一人
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