ものを背負《しょ》つて、方々国々を売つて歩行《ある》いて、此の野に行暮《ゆきく》れて、其の時|草《くさ》茫々《ぼうぼう》とした中に、五六本|樹立《こだち》のあるのを目当に、一軒家へ辿《たど》り着いて、台所口から、用を聞きながら、旅に難渋《なんじゅう》の次第を話して、一晩泊めて貰《もら》ふとね、快く宿をしてくれて、何《ど》うして何《ど》うして行暮れた旅商人《たびあきうど》如きを、待遇《もてな》すやうなものではない、銚子《ちょうし》杯《さかずき》が出る始末、少《わか》い女中が二人まで給仕について、寝るにも紅裏《べにうら》の絹布《けんぷ》の夜具《やぐ》、枕頭《まくらもと》で佳《い》い薫《かおり》の香《こう》を焚《た》く。容易ならぬ訳さ、せめて一生に一晩は、恁《こ》ういふ身の上にと、其の時分は思つた、其の通《とお》つたもんだから、夢なら覚めるなと一夜《ひとや》明かした迄は可《よ》かつたさうだが。
 翌日《あくるひ》になると帰さない、其晩《そのばん》女中が云ふには、お奥で館《やかた》が召しますつさ。
 其の人は今でも話すがね、館といつたのは、其は何《ど》うも何とも気高い美しい婦人《おんな》ださう
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