》構はず云つて聞かしてくれ給《たま》へな。
 恁《こ》ういふと何かお妖《ばけ》の催促をするやうでをかしいけれど、焦《じ》れツたくツて堪《たま》らない。
 素《もと》より其のつもりぢや来たけれど、私だつて、これ当世の若い者、はじめから何、人の命を取るたつて、野に居る毒虫か、函嶺《はこね》を追はれた狼《おおかみ》だらう、今時《いまどき》詰《つま》らない妖者《ばけもの》が居てなりますか、それとも野伏《のぶせ》り山賊《やまだち》の類《たぐい》ででもあらうかと思つて来たんです。霧が毒だつたり、怪我《けが》過失《あやまち》だつたり、心の迷《まよい》ぐらゐなことは実は此方《こっち》から言ひたかつた。其をあつちこつちに、お前さんの口から聞かうとは思はなかつた。其の癖、此方《こっち》はお媼《ばあ》さん、お前さんの姿を見てから、却《かえ》つて些《ち》と自分の意見が違つて来て、成程《なるほど》これぢや怪しいことのないとも限らぬか、と考へてる位なんだ。
 お聞きなさい、私が縁続きの人はね、商人《あきうど》で此の節《せつ》は立派に暮して居るけれど、若いうち一時《ひとしきり》困つたことがあつて、瀬戸《せと》のしけ
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