うち》。
四
構はず兵糧《ひょうろう》を使ひつゝ、
「だつてお媼《ばあ》さん、此の野原は滅多《めった》に人の通らない処《ところ》だつて聞いたからさ。」
「そりや最《も》う眺望《ながめ》というても池一つあるぢやござらぬ、纔《わずか》ばかりの違《ちがい》でなう、三島はお富士山《ふじさま》の名所ぢやに、此処《ここ》は恁《こ》う一目千里《ひとめせんり》の原なれど、何が邪魔《じゃま》をするか見えませぬ、其れぢやもの、ものずきに来る人は無いのぢやわいなう。」
「否《いいえ》さ、景色がよくないから遊山《ゆさん》に来《こ》ぬの、便利が悪いから旅の者が通行せぬのと、そんなつい通りのことぢやなくさ、私たちが聞いたのでは、此の野中《のなか》へ入ることを、俗に身を投げると言ひ伝へて、無事にや帰られないんださうではないか。」
「それはお客様、此処《ここ》といふ限《かぎり》はござるまいがなう、躓《つまず》けば転びもせず、転びやうが悪ければ怪我《けが》もせうず、打処《うちどころ》が悪ければ死にもせうず、野でも山でも海でも川でも同じことでござるわなう、其につけても、然《そ》う又《また》人のいふ処
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