かに打頷《うちうなず》き、
「それならば待たしやませ、塩《しょ》ツぱいが味噌漬《みそづけ》の香《こう》の物がござるわいなう。」
「待ちたまへ、味噌漬なら敢《あえ》てお手数《てすう》に及ぶまいと思ひます。」
 と手早《てばや》く笹《ささ》の葉を解《ほど》くと、硬《こわ》いのがしやつちこばる、包《つつみ》の端を圧《おさ》へて、草臥《くたび》れた両手をつき、畏《かしこま》つて熟《じっ》と見て、
「それ、言はないこツちやない、果して此の菜《さい》も味噌漬だ。お媼《ばあ》さん、大きな野だの、奥山へ入るには、梅干《うめぼし》を持たぬものだつて、宿の者が言つたつけ、然《そ》うなのかね、」と顔を上げて又|瞻《みまも》つたが、恁《かか》る相好《そうごう》の媼《おうな》を見たのは、場末の寄席《よせ》の寂《せき》として客が唯《ただ》二三の時、片隅《かたすみ》に猫を抱いてしよんぼり坐つて居たのと、山の中で、薪《たきぎ》を背負《しょ》つて歩行《ある》いて居たのと、これで三人目だと桂木は思ひ出した。
 媼は皺《しわ》だらけの面《つら》の皺も動かさず、
「何《ど》うござらうぞ、食べて悪いことはなからうがや、野山の人
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