……貴方《あなた》が(今のは!)ッて一件は。それ、奴《やっこ》を一人、お供に連れて、」
「奴を……十五六の小間使だぜ。」
「当地じゃ、奴ッてそう言います。島田|髷《まげ》に白丈長《しろたけなが》をピンと刎《は》ねた、小凜々《こりり》しい。お約束でね、御寮人には附きものの小女《こおんな》ですよ。あれで御寮人の髷が、元禄だった日にゃ、菱川師宣《ひしかわもろのぶ》えがく、というんですね。
 何だろう、とお尋ねなさるのは承知の上でさ、……また、今のを御覧なすって、お聞きなさらないじゃ、大阪が怨《うら》みます。」
「人が悪いな、この人は。それまで心得ていて、はぐらかすんだから。(大阪城でございます、)はちと癪《しゃく》だろうじゃないか。」
「はははは。」
「しかし縁のない事はない。そうして、熟《じっ》とあの、煙の中の凄《すご》い櫓を視《なが》めていると、どうだろう。
 四五間|前《さき》に、上品な絵の具の薄彩色《うすさいしき》で、彳《たたず》んでいた、今の、その美人の姿だがね、……淀川の流れに引かれた、私の目のせいなんだろう。すッと向うに浮いて行って、遠くの、あの、城の壁の、矢狭間《やざま》とも
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