思う窓から、顔を出して、こっちを覗《のぞ》いた。そう見えた。いつの間にか、城の中へ入って、向直って。……
 黒雲の下、煙の中で、凄いの、美しいの、と云ッて、そりゃなかった。」

       三

「だから、何だか容易ならん事が起った、と思って、……口惜《くや》しいが聞くんです。
 実はね、昨夜《ゆうべ》、中座を見物した時、すぐ隣りの桟敷《さじき》に居たんだよ、今の婦人《おんな》は……」と頷《うなず》くようにして初阪は云う。
 男衆はまた笑った。
「ですとも。それを知らん顔で、しらばっくれて、唯今《ただいま》一見《いちげん》という顔をなさるから、はぐらかして上げましたんでさ。」
「だって、住吉《すみよし》、天王寺も見ない前《さき》から、大阪へ着いて早々、あの婦《おんな》は? でもあるまいと思う。それじゃ慌て過ぎて、振袖に躓《けつまず》いて転ぶようだから、痩我慢《やせがまん》で黙然《だんまり》でいたんだ。」
「ところが、辛抱が仕切れなくなったでしょう、ごもっともですとも。親方もね、実は、お景物にお目に掛ける、ちょうど可《い》いからッて、わざと昨夜《ゆうべ》も、貴方《あなた》を隣桟敷へ御案
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