ら可《い》いが、」
 歩行《あるき》出す、と暗くなり掛けた影法師も、烈《はげ》しい人脚の塵に消えて、天満《てんま》筋の真昼間《まっぴるま》。
 初阪は晴《はれ》やかな顔をした。
「凄《すご》かったよ、私は。……その癖、この陽気だから、自然と淀川の水気が立つ、陽炎《かげろう》のようなものが、ひらひらと、それが櫓の面《おもて》へかかると、何となく、※[#「火+發」、450−1]《ぱっ》と美しい幻が添って、城の名を天下に彩っているように思われたっけ。その花やかな中にも、しかし、長い、濃い、黒髪が潜《ひそ》んで、滝のように動いていた。」
 城を語る時、初阪の色酔えるがごとく、土地|馴《な》れぬ足許は、ふらつくばかり危《あやぶ》まれたが、対手《あいて》が、しゃんと来いの男衆だけ、確《たしか》に引受けられた酔漢《よっぱらい》に似て、擦合い、行違う人の中を、傍目《わきめ》も触《ふ》らず饒舌《しゃべ》るのであった。
「時に、それについて、」
「あの、別嬪《べっぴん》の事でしょう。私たちが立停《たちど》まって、お城を見ていました。四五間さきの所に、美しく立って、同じ方を視《なが》めていた、あれでしょう。
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