んだ、関東勢の大砲《おおづつ》が炎を吐いて転がる中に、淀君をはじめ、夥多《あまた》の美人の、練衣《ねりぎぬ》、紅《くれない》の袴《はかま》が寸断々々《ずたずた》に、城と一所に滅ぶる景色が、目に見える。……雲を貫く、工場の太い煙は、丈に余る黒髪が、縺《もつ》れて乱れるよう、そして、倒《さかさま》に立ったのは、長《とこしえ》に消えぬ人々の怨恨《うらみ》と見えた。
 大河《おおかわ》の両岸《りょうぎし》は、細い樹の枝に、薄紫の靄《もや》が、すらすら。蒼空《あおぞら》の下を、矢輻《やぼね》の晃々《きらきら》と光る車が、駈《か》けてもいたのに、……水には帆の影も澄んだのに、……どうしてその時、大阪城の空ばかり暗澹《あんたん》として曇ったろう。
「ああ、あの雲だ。」
 と初阪は橋の北詰に、ひしひしと並んだ商人家《あきんどや》の、軒の看板に隠れた城の櫓《やぐら》の、今は雲ばかりを、フト仰いだ。
 が、俯向《うつむ》いて、足許《あしもと》に、二人連立つ影を見た。
「大丈夫だろうかね。」
「雷様ですか。」
 男衆は逸早《いちはや》く心得て、
「串戯《じょうだん》じゃありませんぜ。何の今時……」
「そんな
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