けた白帆くらいは、城の壁の映るのから見れば、些細《ささい》な塵です。
 その、空に浮出したような、水に沈んだような、そして幻のような、そうかと思うと、歴然《ありあり》と、ああ、あれが、嬰児《あかんぼ》の時から桃太郎と一所にお馴染《なじみ》の城か、と思って見ていると、城のその屋根の上へ、山も見えぬのに、鵺《ぬえ》が乗って来そうな雲が、真黒《まっくろ》な壁で上から圧附《おしつ》けるばかり、鉛を熔《と》かして、むらむらと湧懸《わきかか》って来たろうではないか。」
 初阪は意気を込めて、杖《ステッキ》をわきに挟んで云った。

       二

 七筋ばかり、工場の呼吸《いき》であろう、黒煙《くろけむり》が、こう、風がないから、真直《まっすぐ》に立騰《たちのぼ》って、城の櫓《やぐら》の棟を巻いて、その蔽被《おおいかぶさ》った暗い雲の中で、末が乱れて、むらむらと崩立《くずれた》って、倒《さかさま》に高く淀川の空へ靡《なび》く。……
 なびくに脈を打って、七筋ながら、処々《ところどころ》、斜めに太陽の光を浴びつつ、白泡立てて渦《うずま》いた、その凄《すご》かった事と云ったら。
 天守の千畳敷へ打込
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