わぬに、(猿曳《さるひき》め、汝《われ》ゃ、婦《おんな》に、……畜生、)と喚《わめ》くが疾《はや》いか、伸掛《のしかか》って、ピシリと雁首《がんくび》で額を打《ぶ》ったよ。羅宇《らう》が真中《まんなか》から折れた。
 こちらの桟敷に居た娘が、誰より先に、ハッと仕切へ顔を伏せる、と気を打たれたか、驚いた顔をして、新高の、ちょうど下に居た一人商人風の男が、中腰に立って上を見た。
 芸妓達も一時《いっとき》に振向いて目を合せた、が、それだけさ。多一が圧《おさ》えた手の指から、たらたらと糸すじのように血の流れるのを見たばかり、どうにも手のつけようがなさそうな容子《ようす》には弱ったね。おまけに知らない振《ふり》をして、そのまま芝居を見る姉さんがあるじゃないか。
 私は、ふいと立って、部屋へ帰った。
 傍《そば》に居ちゃ、もうこっちが撮出《つまみだ》されるまでも、横面《よこつら》一ツ打挫《うちひしゃ》がなくッては、新橋へ帰られまい。が、私が取組合《とっくみあ》った、となると、随分舞台から飛んで来かねない友だちが一人居るんだからね。
 頭痛がする、と楽屋へ横になったッきり、あとの事は知りません。道
前へ 次へ
全104ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング