に見えたけれども、それさえ、そうした度の過ぎた酒と色に血の荒びた、神経のとげとげした、狼の手で掴出された、青光《あおびかり》のする腸《はらわた》のように見えて、あわれに無慚《むざん》な光景《ようす》だっけ。」
「……へい、そうですかね、」と云った男衆の声は、なぜか腑《ふ》に落ちぬらしく聞えたのである。
「聞きゃ、道成寺を舞った時、腹巻の下へ蛇を緊《し》めた姉さんだと云うじゃないか。……その扱帯《しごき》が鎌首を擡《もた》げりゃ可《よ》かったのにさ。」
「まったくですよ。それがために、貴方ね、舞の師匠から、その道成寺、葵《あおい》の上などという執着《しゅうぢゃく》の深いものは、立方《たちかた》禁制と言渡されて、破門だけは免れたッて、奥行きのある婦《おんな》ですが……金子《かね》の力で、旦那にゃ自由にならないじゃなりますまいよ。」
「気の毒だね。」
「とおっしゃると、筋も骨も抜けたように聞えますけれど、その癖、随分、したい三昧《ざんまい》、我儘《わがまま》を、するのを、旦那の方で制し切れないッて、評判をしますがね。」
「金子でその我ままをさせてもらうだけに、また旦那にも桟敷で帯を解かれるよ
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