返った洋服の亡者|一個《ひとり》、掌《てのひら》に引丸《ひんまろ》げて、捌《さばき》を附けなけりゃ立ちますまい。
ところが不可《いけな》い。その騒ぐ事、暴れる事、桟敷へ狼を飼ったようです。(泣くな、わい等、)と喚《わめ》く――君の親方が立女形《たておやま》で満場水を打ったよう、千百の見物が、目も口も頭も肩も、幅の広いただ一|人《にん》の形になって、啜泣《すすりな》きの声ばかり、誰が持った手巾《ハンケチ》も、夜会草の花を昼間見るように、ぐっしょり萎《しぼ》んで、火影の映るのが血を絞るような処だっけ――(芝居を見て泣く奴があるものかい、や、怪体《けたい》な!
舞台でも何を泣《ほ》えくさるんじゃい。かッと喧嘩《けんか》を遣れ、面白うないぞ! 打殺《たたきころ》して見せてくれ。やい、腸《はらわた》を掴出《つかみだ》せ、へん、馬鹿な、)とニヤリと笑う。いや、そのね、ニヤリと北叟笑《ほくそえ》みをする凄《すご》さと云ったら。……待てよ、この御寮人が内証《ないしょ》で情人《いろ》をこしらえる。嫉妬《しっと》でその妾の腸《はらわた》を引摺《ひきず》り出す時、きっと、そんな笑い方をする男に相違ないと
前へ
次へ
全104ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング