》に陣取ったろう。」

       八

「娘はこの肥満女《ふとっちょ》に、のしのし隅っこへ推着《おッつ》けられて、可恐《おそろ》しく見勝手が悪くなった。ああ、可哀そうにと思う。ちょうど、その身体《からだ》が、舞台と私との中垣になったもんだからね。可憐《いじら》しいじゃないか……
 密《そっ》と横顔で振向いて、俯目《ふしめ》になって、(貴下《あんた》はん、見憎うおますやろ、)と云って、極《きま》りの悪そうに目をぱちぱちと瞬いたんです。何事も思いません。大阪中の詫言《わびごと》を一人でされた気がしたぜ。」
 男衆は頭《つむり》を下げた。
「御道理《ごもっとも》で。」
「いや、まったく。心配しないで楽に居て、御覧々々と重ねて云うと、芝居で泣いたなりのしっとりした眉《まみえ》を、嬉しそうに莞爾《にっこり》して、向うを向いたが、ちょっと白い指で圧《おさ》えながら、その花簪《はなかんざし》を抜いたはどうだい。染分《そめわけ》の総《ふさ》だけも、目障りになるまいという、しおらしいんだね。
(酒だ、酒だ。疾《はや》くせい、のろま!)とぎっくり、と胸を張反《はりそ》らして、目を剥《む》く。こいつが、
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