所へ、さらさらどかどかです。荒いのと柔《やわらか》なのと、急ぐのと、入乱れた跫音《あしあと》を立てて、七八人。小袖幕で囲ったような婦《おんな》の中から、赫《かっ》と真赤《まっか》な顔をして、痩《や》せた酒顛童子《しゅてんどうじ》という、三分刈りの頭で、頬骨の張った、目のぎょろりとした、なぜか額の暗い、殺気立った男が、詰襟の紺の洋服で、靴足袋を長く露《あらわ》した服筒《ずぼん》を膝頭《ひざがしら》にたくし上げた、という妙な扮装《なり》で、その婦《おんな》たち、鈍太郎殿の手車から転がり出したように、ぬっと発奮《はず》んで出て、どしんと、音を立てて躍込《おどりこ》んだのが、隣の桟敷で……
 唐突《いきなり》、横のめりに両足を投出すと、痛いほど、前の仕切にがんと支《つ》いた肱《ひじ》へ、頭を乗せて、自分で頸《くび》を掴《つか》んでも、そのまま仰向《あおむ》けにぐたりとなる、可《い》いかね。
 顔へ花火のように提灯の色がぶツかります。天井と舞台を等分に睨《にら》み着けて、(何じゃい!)と一つ怒鳴《どな》る、と思うと、かっと云う大酒の息を吐きながら、(こら、入らんか、)と喚《わめ》いたんだ。
 
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