舞台を覗込《のぞきこ》むようにしていたっけ。つい、知らず知らず乗出して、仕切にひったりと胸を附けると、人いきれに、ほんのりと瞼《まぶた》を染めて、ほっとなったのが、景気提灯《けいきぢょうちん》の下で、こう、私とまず顔を並べた。おのぼり心の中《うち》に惟《おも》えらく、光栄なるかな。
 まあ、お聞きったら。
 そりゃ可《よ》かったが、一件だ。」
「一件と……おっしゃると?」
「長いの、長いの。」
「その娘《こ》が、蛇を……嘘でしょう。」
「間違ったに違いない。けれども高津で聞いて、平家の水鳥で居たんだからね。幕間《まくあい》にちょいと楽屋へ立違って、またもとの所へ入ろうとすると、その娘の袂《たもと》の傍《わき》に、紙袋《かんぶくろ》[#「紙袋」は底本では「紙装」]が一つ出ています。
 並んで坐ると、それがちょうど膝になろうというんだから、大《おおい》に怯《ひる》んだ。どうやら気のせいか、むくむく動きそうに見えるじゃないか。
 で、私は後へ引退《ひききが》った。ト娘の挿した簪《かんざし》のひらひらする、美しい総《ふさ》越しに舞台の見えるのが、花輪で額縁を取ったようで、それも可《よし》さ。

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