雲が蒼空《あおぞら》に舞っていた。
おかしな思出はそれぐらいで、白河近くなるにつれて、東京から来がけには、同じ処で夜《よ》がふけて、やっぱりざんざ降《ぶり》だった、雨の停車場《ステエション》の出はずれに、薄ぼやけた、うどんの行燈《あんどう》。雨脚も白く、真盛《まっさか》りの卯《う》の花が波を打って、すぐの田畝《たんぼ》があたかも湖のように拡がって、蛙《かえる》の声が流れていた。これあるがためか、と思ったまで、雨の白河は懐しい。都をば霞とともに出でしかど……一首を読むのに、あの洒落《しゃれ》ものの坊さんが、頭を天日に曝《さら》したというのを思出す……「意気な人だ。」とうっかり、あみ棚に預けた夏帽子の下で素頭《すこうべ》を敲《たた》くと、小県はひとりで浮《うっ》かり笑った。ちょっと駅へ下りてみたくなったのだそうである。
そこで、はじめて気がついたと云うのでは、まことに礼を失するに当る。が、ふとこの城下を離れた、片原というのは、渠《かれ》の祖先の墳墓の地である。
海も山も、斉《ひと》しく遠い。小県凡杯は――北国《ほっこく》の産で、父も母もその処の土となった。が、曾祖、祖父、祖母、なおそ
前へ
次へ
全58ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング