の油を塗った。……「畳で言いますと」――話し手の若い人は見まわしたが、作者の住居《すまい》にはあいにく八畳以上の座敷がない。「そうですね、三十畳、いやもっと五十畳、あるいはそれ以上かも知れなかったのです。」と言うのである。
 半日隙《はんにちびま》とも言いたいほどの、旅の手軽さがこのくらいである処を、雨に降られた松島見物を、山の爺《じじい》に話している、凡杯の談話ごときを――読者諸賢――しかし、しばらくこれを聴け。

       二

 小県凡杯は、はじめて旅をした松島で、着いた晩と、あくる日を降籠《ふりこ》められた。景色は雨に埋《うず》もれて、竈《かまど》にくべた生薪《なままき》のいぶったような心地がする。屋根の下の観光は、瑞巌寺《ずいがんじ》の大将、しかも眇《かため》に睨《にら》まれたくらいのもので、何のために奥州へ出向いたのか分らない。日も、懐中《ふところ》も、切詰めた都合があるから、三日めの朝、旅籠屋《はたごや》を出で立つと、途中から、からりとした上天気。
 奥羽線の松島へ戻る途中、あの筋には妙に豆府屋が多い……と聞く。その油揚が陽炎《かげろう》を軒に立てて、豆府のような白い
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