画家が、わが、名によって、お誓をひき寄せ、銑吉を傍《かたわら》にして、
「お誓さんに是非というのだ、この人に酌をしておあげなさい。」
「はい。」
が、また娘分に仕立てられても、奉公人の謙譲があって、出過ぎた酒場《バア》の給仕とは心得が違うし、おなじ勤めでも、芸者より一歩|退《さが》って可憐《しおら》しい。
「はい、お酌……」
「感謝します、本懐であります。」
景物なしの地位ぐらいに、句が抜けたほど、嬉しがったうちはいい。
少し心安くなると、蛇の目の陣に恐《おそれ》をなし、山の端《は》の霧に落ちて行く――上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《じょうろう》のような優姿《やさすがた》に、野声《のごえ》を放って、
「お誓さん、お誓さん。姉さん、姐《あね》ご、大姐ご。」
立てごかしに、手繰りよせると、酔った赤づらの目が、とろんこで、
「お酌を頼む。是非一つ。」
このねだりものの溌猴《わるざる》、魔界の艶夫人に、芭蕉扇を、貸さずば、奪わむ、とする擬勢を顕《あら》わす。……博識にしてお心得のある方々は、この趣を、希臘《ギリシア》、羅馬《ロオマ》の神話、印度の譬諭経
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