鹿々々しく、皈《かえ》って来た途中ですよ。」
 成程、馬鹿々々しい……旅客は、小県《おがた》、凡杯《ぼんはい》――と自称する俳人である。
 この篇の作者は、別懇の間柄だから、かけかまいのない処を言おう。食い続きは、細々ながらどうにかしている。しかるべき学校は出たのだそうだが、ある会社の低い処を勤めていて、俳句は好きばかり、むしろ遊戯だ。処で、はじめは、凡俳、と名のったが、俳句を遊戯に扱うと、近来は誰も附合わない。第一なぐられかねない。見ずや、きみ、やかなの鋭き匕首《あいくち》をもって、骨を削り、肉を裂いて、人性《じんせい》の機微を剔《ぬ》き、十七文字で、大自然の深奥《しんおう》を衝《つ》こうという意気込の、先輩ならびに友人に対して済まぬ。憚《はばか》り多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、一盞《いっさん》献ずるほどの、余裕も働きもないから、手酌で済ます、凡杯である。
 それにしても、今時、奥の細道のあとを辿《たど》って、松島見物は、「凡」過ぎる。近ごろは、独逸《ドイツ》、仏蘭西《フランス》はつい隣りで、マルセイユ、ハンブルク、アビシニヤごときは津々浦々の中に数えられそうな勢《いきおい
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