み》の根附を、紺小倉のくたびれた帯へ挟んで、踞《しゃが》んで掌を合せたので、旅客も引入れられたように、夏帽を取って立直った。
「所縁にも、無縁にも、お爺さん、少し墓らしい形の見えるのは、近間では、これ一つじゃあないか――それに、近い頃、参詣があったと見える、この線香の包紙のほぐれて残ったのを、草の中に覗《のぞ》いたものは、一つ家《や》の灯のように、誰だって、これを見当《みあて》に辿《たど》りつくだろうと思うよ。山路《やまみち》に行暮れたも同然じゃないか。」
碑の面《おもて》の戒名は、信士とも信女《しんにょ》とも、苔に埋れて見えないが、三つ蔦《づた》の紋所が、その葉の落ちたように寂しく顕《あら》われて、線香の消残った台石に――田沢氏――と仄《ほのか》に読まれた。
「は、は、修行者のように言わっしゃる、御遠方からでがんすかの、東京からなす。」
「いや、今朝は松島から。」
と袖を組んで、さみしく言った。
「御風流でがんす、お楽《たのし》みでや。」
「いや、とんでもない……波は荒れるし。」
「おお。」
「雨は降るし。」
「ほう。」
「やっと、お天気になったのが、仙台からこっちでね、いや、馬
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