梅水にかわったともいうが、いまにおいては審《つまびらか》でない。ただ不思議なのは、さばかりの容色《きりょう》で、その年まで、いまだ浮気、あらわに言えば、旦那があったうわさを聞かぬ。ほかは知らない、あのすなおな細い鼻と、口許がうそを言わぬ。――お誓さんは処女だろう……(しばらく)――これは小県銑吉の言うところである。
十六か七の時、ただ一度――場所は築地だ、家は懐石、人も多いに、台所から出入りの牛乳屋《ちちや》の小僧が附ぶみをした事のあるのを、最も古くから、お誓を贔屓《ひいき》の年配者、あたまのきれいに兀《は》げた粋人が知っている。梅水の主人夫婦も、座興のように話をする。ゆらの戸の歌ではなけれど、この恋の行方は分らない。が、対手《あいて》が牛乳屋の小僧だけに、天使と牧童のお伽話《とぎばなし》を聞く気がする。ただその玉章《たまずさ》は、お誓の内証《ないしょ》の針箱にいまも秘めてあるらしい。……
「……一生の願《ねがい》に、見たいものですな。」
「お見せしましょうか。」
「恐らく不老長寿の薬になる――近頃はやる、性の補強剤に効能の増《まさ》ること万々だろう。」
「そうでしょうか。」
その
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