気なばかりが女でない。同時に芬《ぷん》と、媚《なまめ》かしい白粉《おしろい》の薫《かおり》がした。
爺が居て気がつかなかったか。木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし閻魔堂《えんまどう》だと、女人を解いた生血と膩肉《あぶらみ》に紛《まが》うであろう、生々《なまなま》と、滑かな、紅白の巻いた絹。
「ああ、誓願のその一、求児――子育《こそだて》、子安の観世音として、ここに婦人の参詣がある。」
世に、参り合わせた時の順に、白は男、紅《あか》は女の子を授けらるる……と信仰する、観世音のたまう腹帯である。
その三宝の端に、薄色の、折目の細い、女扇が、忘れたように載っていた。
正面の格子も閉され、人は誰も居ない……そっと取ると、骨が水晶のように手に冷《ひや》りとした。卯の花の影が、ちらちらと砂子を散らして、絵も模様も目には留まらぬさきに――せい……せい、と書いた女文字。
今度は、覚えず瞼《まぶた》が染まった。
銑吉には、何を秘《かく》そう、おなじ名の恋人があったのである。
五
作者は、小県銑吉の話すまま、つい釣込まれて、恋人――と受次いだが、大切な処だ。
前へ
次へ
全58ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング