咽喉《のど》の赤くなったのが可恐《おそろし》いよ。」
「とろりと旨《うま》いと酔うがなす。」
にたにたと笑いながら、
「麦こがしでは駄目だがなす。」
「しかし……」
「お前様、それにの、鷺はの、明神様のおつかわしめだよ、白鷺明神というだでね。」
「ああ、そうか、あの向うの山のお堂だね。」
「余り人の行《ゆ》く処でねえでね。道も大儀だ。」
と、なぜか中を隔てるように、さし覗《のぞ》く小県の目の前で、頭を振った。
明神の森というと――あの白鷺はその梢へ飛んだ――なぜか爺が、まだ誰《たれ》も詣でようとも言わぬものを、悪く遮りだてするらしいのに、反感を持つとまでもなかったけれども、すぐにも出掛けたい気が起った。黒塚の婆《ばば》の納戸で、止《や》むを得ない。
「――時に、和尚さんは、まだなかなか帰りそうに見えないね。とすると、位牌《いはい》も過去帳も分らない。……」
「何しろ、この荒寺だ、和尚は出がちだよって、大切な物だけは、はい、町の在家の確かな蔵に預けてあるで。」
「また帰途《かえり》に寄るとしよう。」
不意に立掛けた。が、見掛けた目にも、若い綺麗《きれい》な人の持ものらしい提紙入《
前へ
次へ
全58ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング