ないよ。アハハハと笑って、陽気に怯《おど》かす……その、その辺を女が通ると、ひとりでに押孕《おっぱら》む……」
「馬鹿あこけ、あいつ等。」
と額にびくびくと皺《しわ》を刻み、痩腕《やせうで》を突張《つっぱ》って、爺は、彫刻のように堅くなったが、
「あッはッはッ。」
唐突《だしぬけ》に笑出した。
「あッはッはッ。」
たちまち口にふたをして、
「ここは噴出す処でねえ。麦こがしが消飛《けしと》ぶでや、お前様もやらっせえ、和尚様の塩加減が出来とるで。」
欠茶碗にもりつけた麦こがしを、しきりに前刻《さっき》から、たばせた。が、匙《さじ》は附木《つけぎ》の燃《もえ》さしである。
「ええ塩梅《あんばい》だ。さあ、やらっせえ、さ。」
掻《か》い候え、と言うのである。これを思うと、木曾殿の、掻食わせた無塩《ぶえん》の平茸《ひらたけ》は、碧澗《へきかん》の羹《あつもの》であろう。が、爺さんの竈禿《くどはげ》の針白髪《はりしらが》は、阿倍の遺臣の概《がい》があった。
「お前様の前だがの、女が通ると、ひとりで孕むなぞと、うそにも女の身になったらどうだんべいなす、聞かねえ分で居さっせえまし。優しげな、
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