娘を、……あとは言わずとも可《よ》かろう。例証は、遠く、今昔物語、詣鳥部寺女の語《はなし》にある、と小県はかねて聞いていた。
 紀州を尋ねるまでもなかろう。
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……今年はじめて花見に出たら、寺の和尚に抱きとめられて、
高い縁から突落されて、笄《こうがい》落し、小枕《こまくら》落し……
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 古寺の光景は、異様な衝動で渠《かれ》を打った。
 普通、草双紙なり、読本なり、現代一種の伝奇においても、かかる場合には、たまたま来《きた》って、騎士《ナイト》がかの女を救うべきである。が、こしらえものより毬唄の方が、現実を曝露《ばくろ》して、――女は速《すみやか》に虐《しえた》げられているらしい。
 同時に、愛惜《あいじゃく》の念に堪えない。ものあわれな女が、一切食われ一切食われ、木魚に圧《おさ》え挫《ひし》がれた、……その手提に見入っていたが、腹のすいた狼《おおかみ》のように庫裡へ首を突込《つっこ》んでいて可《い》いものか。何となく、心ゆかしに持っていた折鞄《おりかばん》を、縁側ずれに炉の方へ押入れた。それから、卵塔の草を分けたのであった。――一つは、鞄
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