らしいものを見つけて、うつくしい女の、その腰は、袖は、あらわな白い肩は、壁外に逆《さかさ》になって、蜘蛛《くも》の巣がらみに、蒼白《あおじろ》くくくられてでもいそうに思った。
 瞬間の幻視である。手提《てさげ》はすぐ分った。が、この荒寺、思いのほか、陰寂な無人《ぶじん》の僻地《へきち》で――頼もう――を我が耳で聞返したほどであったから。……
[#ここから4字下げ]
私の隣の松さんは、熊野へ参ると、髪|結《ゆ》うて、
熊野の道で日が暮れて、
あと見りゃ怖《おそろ》しい、先見りゃこわい。
先の河原で宿取ろか、跡の河原で宿取ろか。
さきの河原で宿取って、鯰《なまず》が出て、押えて、
手で取りゃ可愛いし、足で取りゃ可愛いし、
杓子《しゃくし》ですくうて、線香《せんこ》で担《にな》って、燈心で括《くく》って、
仏様のうしろで、一切《ひときれ》食や、うまし、二切食や、うまし……
[#ここで字下げ終わり]
 紀州の毬唄《まりうた》で、隠微な残虐《ざんぎゃく》の暗示がある。むかし、熊野|詣《もうで》の山道に行暮れて、古寺に宿を借りた、若い娘が燈心で括って線香で担って、鯰を食べたのではない。鯰の方が若い
前へ 次へ
全58ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング