如法《にょほう》の貧地で、堂も庫裡も荒れ放題。いずれ旧藩中ばかりの石碑だが、苔《こけ》を剥《む》かねば、紋も分らぬ。その墓地の図面と、過去帳は、和尚が大切にしているが、あいにく留守。……
墓参のよしを聴いて爺さんが言ったのである。
「ほか寺の仏事の手伝いやら托鉢《たくはつ》やらで、こちとら同様、細い煙を立てていなさるでなす。」
あいにく留守だが、そこは雲水、風の加減で、ふわりと帰る事もあろう。
「まあ一服さっせえまし、和尚様とは親類づきあい、渋茶をいれて進ぜますで。」
とにかく、いい人に逢った。爺さんは、旧藩士ででもあんなさるかと聞くと、
「孫八とこいて、いやはや、若い時から、やくざでがしての。縁は異なもの、はッはッはッ。お前様、曾祖父様《ひいじいさま》や、祖父様の背戸畑で、落穂を拾った事もあんべい。――鼠棚《ねずみだな》捜いて麦こがしでも進ぜますだ。」
ともなわれて庫裡に居《お》る――奥州片原の土地の名も、この荒寺では、鼠棚がふさわしい。いたずらものが勝手に出入《ではい》りをしそうな虫くい棚の上に、さっきから古木魚が一つあった。音も、形も馴染《なじみ》のものだが、仏具だから、
前へ
次へ
全58ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング