いやだな。」
 うっかり緩めた把手《ハンドル》に、衝《つ》と動きを掛けた時である。ものの二三町は瞬く間だ。あたかもその距離の前途《ゆくて》の右側に、真赤《まっか》な人のなりがふらふらと立揚《たちあが》った。天象、地気、草木、この時に当って、人事に属する、赤いものと言えば、読者は直ちに田舎娘の姨《おば》見舞か、酌婦の道行振《みちゆきぶり》を瞳に描かるるであろう。いや、いや、そうでない。
 そこに、就中《なかんずく》巨大なる杉の根に、揃って、踞《つくば》っていて、いま一度に立揚ったのであるが、ちらりと見た時は、下草をぬいて燃ゆる躑躅《つつじ》であろう――また人家がある、と可懐《なつか》しかった。
 自動車がハタと留まって、窓を赤く蔽《おお》うまで、むくむくと人数《にんず》が立ちはだかった時も、斉《ひと》しく、躑躅の根から湧上《わきあが》ったもののように思われた。五人――その四人は少年である。……とし十一二三ばかり。皆真赤なランニング襯衣《しゃつ》で、赤い運動帽子を被《かぶ》っている。彼等を率いた頭目らしいのは、独り、年配五十にも余るであろう。脊の高い瘠男《やせおとこ》の、おなじ毛糸の赤襯衣
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