つ。
 村人よ、里人よ。その姿の、轍《わだち》の陰にかくれるのが、なごり惜《おし》いほど、道は次第に寂しい。
 宿に外套《がいとう》を預けて来たのが、不用意だったと思うばかり、小県は、幾度《いくたび》も襟を引合わせ、引合わせしたそうである。
 この森の中を行《ゆ》くような道は、起伏凹凸が少く、坦《たいら》だった。がしかし、自動車の波動の自然に起るのが、波に揺らるるようで便りない。埃《ほこり》も起《た》たず、雨のあとの樹立《こだち》の下は、もちろん濡色が遥《はるか》に通っていた。だから、偶《たま》に行逢う人も、その村の家も、ただ漂々|蕩々《とうとう》として陰気な波に揺られて、あとへ、あとへ、漂って消えて行《ゆ》くから、峠の上下《うえした》、並木の往来で、ゆき迎え、また立顧みる、旅人同士とは品かわって、世をかえても再び相逢うすべのないような心細さが身に沁《し》みたのであった。
 かあ、かあ、かあ、かあ。
 鈍くて、濁って、うら悲しく、明るいようで、もの陰気で。
「烏がなくなあ。」
「群れておるです。」
 運転手は何を思ったか、口笛を高く吹いて、
「首くくりでもなけりゃいいが、道端の枝に……
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